「フランクフルトのメッセが提示したジュエリーの未来図」

今回はフランクフルトのメッセです。8月最終の週末に1泊2日で行ってきました。じつは 今回は、行こうか、止めようか、迷った末に、行ってきました。

そして、いまは、行って良かった、行かない選択は、私には危なかった、やれやれ、と安堵 しています。

それほど、今回のフランクフルトは、私の身辺の宝石デザイナーや貴金属デザイナーたちに は事前の評判がヒドク悪かったです。

私の場合は、フェア会場がオープンしてから、数日が経った後に、会場へ入って、出展中の デザイナーたちの店内へ立ち寄って、じっくり、彼らから、フェア会場内の情報を収集する のが、ふつうです。

それが、今回は、私のアンテナが一人も出展していない状態でして、彼らから今回は最悪の フェアだから、行っても、ムダだ、と聞かされていたのです。

けど、最悪なら、最悪で、どんなふうに最悪なのか、それを自分の目で確認して、これから 先の変化を予知したい、と考えるのが、イヌイ流です。そして、私は、そのヘソまがり根性 に今回も救われました。

フランクフルトのメッセは消費者用品全般の総合的な大メッセです。ジュエリー会場はその 中の「ごくごく小さな1部分」にすぎません。

ですから、最近の数年間のジュエリー会場の衰退傾向と大メッセの現状は、まったく関係が ないのですが、それにしても、ジュエリー会場の衰退傾向はヒドかったです。

毎回、どんどん、出展者の質が低下していまして、それに見合って、来場者の質も低下して いきましたから、最近では、ヨーロッパの最低レベルのミネラルのフェアみたいな様相でも ありました。

場所ふさぎの必要からでしょう。アジアや南アメリカやアフリカからの出展者数が増えて、 値段の安いミネラルを、石のままで、売りますから、ヨーロッパのミネラルのフェア会場で は見られないような最低レベルの「汚い」ミネラルフェアに成り下がっていました。

私は、貧しく、汚く、悪臭のただよう会場に、人数だけ多い出展者や来場者で、ごった返す 会場風景を予測して、その先に、どんな展望が開けるのか?それを見たくて出かけました。

それから、なんと言いましても、メッセの主催者は、ヨーロッパを代表する総合的大メッセ の主催者です。文化的にも組織的にも、一般的なジュエリーのフェアの主催者とはパワーの 大きさや文化の質の高さのケタが「数ケタは上」の主催者です。

彼らが、ジュエリーの未来を、どう認識しているのか?その未来への架け橋を、どう架ける つもりなのか?それを私の目で見とどけたかったです。

そして、そのメッセ主催者が考えているジュエリーの「あるべき」未来図の1部分は私にも 会場内で「かいま見る」ことができました。

そのジュエリーの「あるべき」未来図とは、私には衝撃的でした。まだまだ暗中模索の段階 ではあるのでしょうが、さすが、市場のプロの目の確かさを感じさせられました。

市場の長期的で構造的な進化の未来図を彼らは持っているのですね。彼らにはジュエリーの 未来が見えている、全部ではないかもしれないけど、重要な1部分を見通している、私は、 そう思いました。それで、今回も、行って良かった、行かなければ、危なかった、と思った しだいです。

かって、デザイン中心のジュエリーのフェアを掲示することによって、世界のジュエリーの 文化を変革してくれたフランクフルト・メッセ!そのメッセの文化的な変革力は、いまも、 しっかりと、いきいきと、パワフルに、健在だったのです。

あのころは、まだ、ジュエリーのデザイン文化面では、幼かった私には、アントワープから フランクフルトのメッセの会場へ来ることが、私のヨーロッパ生活では、年間でも、最高の 喜びでした。生きがいでした。

多数のデザイナーを育てあげて、世に送り出してくれたフランクフルトのメッセ!その会場 から、今回は、そのデザイナーたちの姿が消えていて、もっと新しい若々しいデザイン文化 を提示してくれたのです。

今回は、過渡期の混乱の中で、出展者も、特に、大部分の来場者たちが対応できていません でしたが、ずーッと前に、デザイナー中心のジュエリーのフェアが提示されていた時代も、 来場者たちは、頭の中が混乱して、会場内を右往左往していましたよ。

近年は、ミュンヘンのインホルゲンタなどのヨーロッパのモダンなジュエリーのフェア会場 でも、マンネリ化や、行き詰まり化の状態が、濃厚に見られていました。

モダンなジュエリーも、クラッシックなジュエリーと同じように、せまい袋小路の中へ入り こんでしまって、あの生き生きし、ハツラツとした情熱も意欲も冒険心も失っていました。

クラッシックの後を追って、単価アップ現象も見られました。ひとりよがりで、自分勝手な 「ユーザーが必要としてない」高品質化志向も顕著でした。

世界や日本のジュエリー業界の各社も、デザイナーたちも、「まちがった方向への独善的な 業界型の高品質化競争」へ、のめりこんでいました。

ポイントは「新しさ」なんですね。そして「ジュエリーとしての機能の改革」なんですね。 新しい文化なんですね。古い品質のまま、その品質を「ただ執念深く」高品質化するのは、 市場には迷惑なんですね。

私の身辺のドイツ人の宝石デザイナーや貴金属デザイナーの「全員」が、一人の例外もなく 拒絶して、出展しなかった理由は、この新しい変革への適応だったのですね。

フランクフルトは、ミュンヘンに完敗して、衰退した、モダンなジュエリーはミュンヘンへ 集中した、もう、フランクフルトの時代は終った、そう言われていたのですが、私自身は、 ミュンヘンに退屈していました、ミュンヘンが時代後れになっている、と感じていました。

ミュンヘンのモダンが、ミュンヘン・スタイルのモダンになってしまって、文化が固まって しまって、「ミュンヘンのスタイルの」クラッシックに成り下がってしまったんですね。

ヨーロッパ最大のジュエリーのフェアとして、ミュンヘンに定評ができ、名声ができ、その 市場が確立されて、安定したきたのですが、たほうでは、恐ろしい停滞や退廃がはじまって いたのですね。この現実は、こわいですね。

そして、フランクフルトは、衰退の「ドン底のなかから」、ふたたび、新しい波を起こして くれました。

まだまだ、暗中模索、試行錯誤の混乱中の段階です。さまざまに評価も分かれていて、誰も が別々な厳しい評価をしていることでしょう。否定的な意見が大半でしょう。

けど、そこには、混乱と雑然と未知と不明はありましたが、あのミュンヘン会場にただよい はじめた「退屈」はありませんでした。

会場内へ入ってすぐに、私には、私の身辺のミュンヘン派の中堅デザイナーたちが拒絶した モノが、何であったのか?分かりました。

それは、新しさと値段の安さでした。高価格志向を強めはじめた中堅デザイナーたちには、 「固定客が増えつつあって、やっと、その市場が安定してきた今では」、「客層が下がる」 という理由から、容認できない決定的なポイントでした。

若手デザイナーの大群のなかから、抜けだして、ようやく、「世界の既存のジュエリー業界 のなかに」、自分の市場を確立しつつある中堅デザイナーたちには、とうてい、絶対に容認 できなかったのでしょう。

フランクフルト・メッセが志向した新しい文化は、ジュエリーの値段の思いきった安さと、 ジュエリーとしての新しくて美しい機能でした。

とにかく、値段は安ければ安いほうがベターで、服飾品として、機能が優れていて、美しけ れば美しいほうがベターである、そう考えているように、私には見受けられました。

これは、私個人の独断的な印象ですが、ジュエリーが持っていた「タカラモノ価値」の否定 が実行されているように見えました。

ジュエリーとは、アクセサリーであると同時に「タカラモノ」であったのですが、今では、 アクセサリーとしての機能性の高さと美しさの品質の高さで、売れる売れないが、決まって いる面が大きいです。

けど、ジュエリーは「タカラモノ価値」をひきずっていました。私でも、タカラモノ価値の 全面否定は、実行した経験がありません。

どうやら、フランクフルト・メッセは、もっと安い値段を徹底的に志向することによって、 ジュエリーをタカラモノ価値の束縛から解放してしまい、服飾品としての機能性の高さと、 美しさだけを追求する方向へ先導したいように、私には見受けられました。

写真はメッセ会場です。フランクフルトのシンボルのような超高層ビルがメッセ会場の正面 の入口です。

写真の超高層ビルの背後や周囲に多数の高層ビルがありまして、その多数のビルの中が会場 になっています。

最近は、ヨーロッパのフェア会場内や、店の中は、写真撮影が厳禁されています。以前から 禁止だったのですが、今では完全に厳禁になっています。

中国勢がコピー生産をするということで、その被害が増えたのでしょう。カメラを会場内へ 持ちこむと没収される、と警告されました。

以前なら、親しい出展者の店の内外でなら、写真は撮れたのですが、いまでは、会場通路で 手荷物をチェックされたら、没収されるそうで、会場入口で、デポジットさせられました。

次が2枚目の写真です。
http://www.shapefree.com/newjpg/P1015868.jpg

別な角度から撮った会場入り口です。会場内の写真を撮れませんので、こんな結果になって しまいました。

フランクフルトのメッセは大総合メッセですから、会場のビルから別なビルまで移動するの がタイヘンです。歩く距離が、ふつうのジュエリーのフェアに比べたら、長いメッセです。

私みたいに、クルマで行く者には、そのパーキングさがしがタイヘンです。広いパーキング がタクサンあるのですが、やっぱり、ベストとベターとグッドとナミとワーストがあります から、なんとか、多数の広いパーキングのなかから、ベストのなかのベストな地点を探そう としますので、タイヘンです。

毎年、行っていますから、だんだん、くわしくなりますので、ベストのなかのさらにベスト を探したくなりから、年々、むずかしくなります。

フランクフルトにはタクシーが多くて、タクシーのドライバーにはトルコ人などの外国人が 多いです。この連中が、パーキング群のある交通規制中の場所で、迷子になって、デタラメ で危険な運転をしますので、困ります。

次が3枚目の写真です。
http://www.shapefree.com/newjpg/P1015793.jpg

上記のような事情で、パーキング対策もありまして、私はクルマの通行量の少ない週末の朝 の早めの時間に「会場から至近の」ベストなパーキングへクルマを入れたいです。

それで、ライン河畔へ1泊しました。ワイン農家が経営している田舎の定宿がありまして、 ワインもツマミも美味いですから、フランクフルトへの仕事の旅では愛用しています。

ライン川を渡るフェリーの上から撮ったライン川の大増水です。上流のスイスのアルプスで 大洪水が発生しまして、その水が流れ下ってきたのでしょう。

ふつうの増水なら、ライン川の水の色は、こんなふうに、茶色にはならないですが、上流の 洪水が、よっぽど、スゴかったのでしょうね。

次が馬の彫刻の写真です。
http://www.shapefree.com/newjpg/P1015773.jpg
http://www.shapefree.com/newjpg/P1015777.jpg
http://www.shapefree.com/newjpg/P1015756.jpg

なんで、突然、馬かと言いますと、上記のような事情で、予定していたジュエリーの新作の 写真が撮れなくなったからです。

それから、いまでは、ジュエリー以外の用途への宝石作品が増えつつありまして、やがて、 宝石の用途はジュエリー以外のほうが多くなるかもしれません。

ジュエリーのデザインは、ますます多様化して、モダンになり、その進化のスピードも加速 しつつあります。もはや、従来型の宝石会社には、ジュエリーは手に負えない?時代になり つつあるかもしれませんよ!

宝石を売りたかったら、ジュエリーを売る仕事からは、特に、ジュエリーのデザインを売る 仕事からは、撤退したほうが、安全な会社や個人が増えつつある?かもしれませんね!

上の2つの馬は、アラブの王様など世界のお金持ち用の作品です。王様などが功労のあった 家臣に贈与する作品です。

世界中の誰の作品でも売れるわけではありません。特定の売れる作家がいまして、ベストな 作家の作品にかぎって、いま、ひじょうに、よく、売れています。

売れる作品と売れない作品は、どこが、どう違うのか?名声や好みの問題も大きいとは思い ますが、いつも、思うことなんですが、売れる人の作品や言動や風貌には、「気品」があり ますね。人間にとって、その最高の商品とは、気品なんでしょうかね?

このクラスの馬になりますと、手触りが、なんとも、いいですね。ホンモノの馬の手触りと は違うのでしょうが、馬に触ったような気分になりますよ。

3枚目の写真はカメオの名人のエルヴィン・パウリーの作品です。アラブの王様の世界では パウリーのアートは受けないのかもしれませんが、やっぱり、さすがに、パウリーは世界で 最高の宝石彫刻の名手ですね。馬がイイ顔をしていますね。

戻る

All Rights Reserved, Copyright(C) Hiromi INUI 2000-2005