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じつは、私とは初対面の相手でした。この9月上旬に、フランクフルトの空港へ着かれて、 その時から、私がヨーロッパを、6日間ほど、ご案内した日本人女性です。 このサイトの読者でして、私とは日常的に交信がありました。そのサチさんが7月初めごろ にヨーロッパへ来たい、と言ってこられました。 そして、いろいろと打ち合わせて、飛行機のキップの値段が適正に落ちついた9月の上旬に フランクフルト空港へ着かれました。 私は、忙しい時には、ムチャクチャに忙しいですが、それ以外の時には、ヒマで、サイトの 取材用などに(自分のサイト、および、読者の方々などの他人のサイト)、クルマの一人旅 を繰り返していますから、ヒマな時の来客は大歓迎です。 どっちみち、私はクルマの旅に出ますから、一人旅よりも、誰かと一緒の旅のほうが刺激や 収穫の多いケースがありますので、基本的には、喜んで、歓迎します。 そのサチさんを、空港へ着かれた翌朝、ご案内した初日の最初の訪問先が、宝石デザイナー のアトリエでした。 宝石デザイナーのアトリエの前のギャラリー内で、宝石デザイナーの作品群のジュエリーを いろいろと見ていたサチさんを、アトリエの後方の原石置き場へご案内したら、サチさんは 「意外にも」原石の在庫を、喜々として、手にとって、眺めていました。 やがて、驚いたことに、その原石のなかの1つの原石を手に取って、この原石を、このよう にカットしてほしい、と言ってこられたのです。 私も、宝石デザイナーも、ビックリしました。けど、素朴で、大らかで、将来の発展方向の 大きなアイディアでしたので、宝石デザイナーも、喜んで、お引き受けしました。 やがて、数時間後、サチさんと私は、ほかの宝石デザイナーのアトリエの訪問を終えた後の 夕方の時間に、この新宝石を受け取りました。 クサリは、宝石デザイナーのアトリエのパーツ用の在庫です。細身で、小柄な、サチさんが 「ちょっと長すぎるかな?」と言われながら、新宝石の美しさの品質を、自分で着用して、 確かめるために、買われたクサリです。クサリ1本のコストは16ユーロでした。 新宝石のコストは数千円でした。1000円や1万円に近い数千円ではなくて、おおまかに 言えば、5千円に近い数千円でした。 完成した新宝石のサイズは3センチぐらいです。4ミリの穴を安心して開けられるぐらいの 厚さです。原石は水晶です。 私の想像ですが、宝石デザイナー自身のハンドメイドの作品だと思います。サチさんが選ん だ原石をカットして、サチさんが指定した4ミリの穴を開けたのです。 ドイツ宝石街道ぞいの山里のアトリエです。宝石デザイナーの父親は、この土地で、何代目 かの工場のオーナーです。 その父親の研磨工場を、そのまま継いで、アトリエに使っています。ですから、デザイナー の親子が一声かけたら、何名でも何十名でも、アトリエ内へ、職人は集められます。 けど、私は、石のカタチの微妙な美しさや、石の表面の深みのある美しさや、穴の開け方、 などなどから、デザイナーのハンドメイドの作品だと推測しています。
次が2枚目の写真です。 このように、今回の旅の初日に、サチさんが創られた新宝石は2個です。じつは、3個を 創るように頼んだのですが、1個が、割れてしまいました。 サチさんは、その割れた3個目の1つを、原石の外皮が面白いから、と言って、惜しまれて いましたが、私は、デザイナーも、サチさんと同じ気持で、3個目を、じゅうぶんに面白く 仕上げようとして、割ったしまったのだ、と想像しています。 ダイアモンドでも、色石でも、カメオでも、研磨や彫刻の仕事中に、高価なコストの原石を 割ってしまう事故は、日常的に多々あります。 この宝石デザイナーのアトリエは、宝石の研磨工場として、規模は小さいながら、イーダル でもトップクラスの工場ですから、近在の研磨職人を集めたら、加工のコストの低い仕事も 量産も実行できます。 研磨工場の実力を、工場の規模の大きさで判断するのは、正しくありませんよ。私見では、 実力とは、その工場で実行できる仕事の「タテの長さ」です。 原石鉱山から買ってきた原石を、工場へ、入れたら、その工場のなかだけで、どんなに高度 な品質やアートの宝石にでも、研磨したり、彫刻したりすることのできる実力です。 最源流から最下流までの原石の研磨や彫刻の仕事の「タテの長さ」を、どこまで、どのよう に持っているのか?そのタテの長さが実力です。 特に、今や、未来の時代では、宝石をデザインしたり、彫刻したりする実力が最重要です。 このアトリエでは貴金属デザインも貴金属加工も実行できます。 宝石デザイナーのケースでは、大部分の宝石デザイナーは、同時に、貴金属デザイナーでも ありますから、貴金属のデザインも加工もやります。 このアトリエには、ほかに数名の宝石デザイナーや貴金属デザイナーもいますので、問題は ありません。宝石デザイナーと貴金属デザイナーが結婚していたり、兄弟や姉妹や近親者も デザイナーであるケースが、ヨーロッパには、多いです。 ドイツのデザインの高等専門学校は4年制の1流大学レベルの学校ですが、1人前の職人の ウデの持ち主にしか入学は認められませんから、4年の学校へ入学する前に、2年制の職人 の養成学校へ通うのがふつうです。 ところが、父親や叔父さんが何代目かの工場主である子供たちは、門前の小僧で、子供時代 から、1人前の職人のウデは身につけているケースがあります。その場合は、高等専門学校 へ直接に入学できますので、有利です。 今では、ドイツのデザイナーは「有望な仕事」で、「社会的な地位の高い資格」ですから、 宝石デザイナーのアトリエで修業している近在の子供たちを見かけるケースが増えました。 宝石デザインは、日常的に原石が身近にないと、修得できません。ですからイーダルの子供 たちはモノスゴク有利ですね。イーダルの宝石デザインと貴金属デザインの高等専門学校を 卒業して、国家資格を取得したデザイナーのケースでも、卒業して、自宅や別な街へ帰った デザイナーは、素材の多様で大量な原石が身辺にありませんから、宝石デザイナーの仕事を できないまま、貴金属デザイン専門のデザイナーになってしまうケースが多いそうです。 事実上では、宝石デザインや宝石デザイナーそのものが、世界でもイーダルだけの特産品に なっているのが現状なんです。 前回のフランクフルトの話は、私自身の頭の中の整理が、まだ、じゅうぶんには実行できて いない=ただいま、進行中=混乱中の状況の話でしたので、読者の方々からも、さまざまに 切実な未整理のままの反応がありました。 それで、私が、私なりに認識している「2005年8月のフランクフルトで提示された」 「ジュエリー文化の未来図につきまして」補足説明させていただきます。 1部の出展者からの情報によりますと(この情報の精度は未確認ですが)、来年2月に開催 される春のフランクフルト・メッセでは、出展者たちは、前回や、前回以前の「店の場所」 への出展を、主催者から保証されたそうです。 それは、主催者側が、フランクフルト・メッセにとって、特別に重要な特定の出展者だけに 保証したのか、次回以降の出展を取り消そうとした多数の出展者に保証したのかなど、まだ 何も確認していません。 じつは、今回のジュエリーフェアの会場は新しい会場でした。前回までの会場と遠く離れた 8.0という会場の大きなスペースでした。 広々とした大きなスペースで、新しい試みが実行されましたので、私には主催者側や新しい 出展者側の意欲が感じられて、快適だったのですが、どうやら、広すぎて、新しすぎたよう な感じもあって、成功したとは言えなかったかもしれません。 もしかしたら、真相は、主催者側にとっては、メッセ会場の中でも、特別に重要なスペース ですから、今回は、衰退中だったジュエリーに提供したけれども、次回以降は、21世紀型 の生活必需品の「別な大型商品」の会場に使いたいのかもしれません。 ジュエリー会場は4.0に戻ります。以前の小さく狭い会場です。メッセ会場の出入口から は近いですから、運動能力の衰えた来場者にはラクな会場です。 ジュエリーのバイヤーさんたちには保守的な文化の持ち主が多いのかもしれませんね。以前 から見ている場所にあって、以前から知っている店でないと、買う気がしない方々がおおい のかもしれません。 はじめて見た店で、はじめて知った商品は、その店やその商品に興味があっても、その後に 何度も何度も思い返して、さんざん考えてからでないと、じっさいには買わない慣習の方々 がおおいのかもしれませんね。 それから、ジュエリー以外の他の商品には関心が薄い傾向があるかもしれませんね。大きな 市場のなかで仕事をしている商品のバイヤーは、さまざまな商品に強い関心を持っていて、 特に新商品には、ひじょうに強い関心を示すのに、ジュエリー関係者にはジュエリー以外の 商品は見ようともしない方々がおおいのかもしれませんね。 フランクフルトのメッセでは、番号順のおそい9、10、11号棟などの新しい大きなビル の会場のなかの商品のほうが、新しい市場むけの新しい商品がおおくて、そのような新しい 広い会場を積極的に歩き回りたい別な商品のバイヤーもおおいのですが、ジュエリー関係者 には、逆に、4.0から8.0への会場のレベル・アップは迷惑だったのかもしれません。 ふだん、小さなスペースのなかで仕事をしているジュエリー関係者は足腰が退化していて? 新しくて広くて大きな会場は苦手なのかな??まさか!! ひごろから、仕事の流れの連続性や継続性を重視していて、その流れのなかでの小さな進化 を注視しているジュエリー関係者には、新しいダイナミックな環境の変化へ、飛躍的に適応 することは至難なんでしょうかね? フランクフルトのメッセは消費者用品全般の総合的な大メッセです。ですから、バイヤーの 大部分は、ジュエリーよりも、もっと大きな市場のなかで仕事をしている方々です。 その大部分のバイヤーは、自分の仕事の垣根を無視して、ほかの商品を見て楽しんで、ほか の商品の市場からの新しい情報を吸収することに熱心です。 もしかしたら、メッセの主催者の事務局の若者たちが、彼らの感覚のままで、素直に自然に 判断して、既存のジュエリーの世界の保守的な文化を見損じていたのかもしれませんね。 かって、フランクフルトのメッセがヨーロッパでは初めてだった画期的なデザイナー中心の ジュエリーフェアを提示したときに、デザイナーたちは、生まれてはじめて、ジュエリーの 業界の外の世界のバイヤーたちに認められるチャンスに恵まれました。 百貨店の幹部社員、大手婦人服会社や大手婦人服店の上層部、なかには日本の大手家電会社 の本社のデザイン室の幹部も含まれていました。 そして、少なくない数のデザイナーたちは、広くて新しくて大きな夢の世界へ、飛び出して いきました。 この現実が、その後につづくおおくのデザイナーたちを勇気づけました。彼らには、思いも かけない夢のような現実が、じっさいに、彼らの目前にも、あったのです。 あれから、十数年以上もの長い長い時間が経ちました。いまでは、デザインの高等専門学校 (=大学)に在学中に、広く大きな外の世界の有力な大企業に青田刈り(スカウト)される デザイナーたちも増えてきました。 その有力な大企業のなかには日本企業の東京本社も含まれていますが、日本を代表するよう な世界的な有力企業です。 ドイツのデザイン専門学校はドイツの1流大学レベルの学校ですから、その生徒の就職先は 学校で厳選されているのでしょう。日本のジュエリー会社や流通会社では対象にはならない のでしょうかね? いまでは、日本の1流の生産会社の製品は、デザインの面でも、世界のベストですが、その デザインの開発には、長年、多大の努力や投資が実行されてきていたんですね。 日本のジュエリーには、デザインがない、デザイナーを教育するために必要な文化も学校も 先生もない、先生を育てるには、先生の先生が必要なのに!なんて言って、なげいていたの はジツにバカげていたんですね。 もちろん、大部分のデザイナーたちはジュエリーデザイナーとして生きています。そして、 そのデザイナーたちがジュエリーの世界のなかで生きていく場合には、安定した市場が必要 になります。 自分が生まれて育った街に、親の援助で、製造直販店を開店したり、友人のデザイナーたち と連携して、ギャラリーを開店したりとか、さまざまな選択がありますが、イチバンおおい ケースは、既存のジュエリー販売会社へ売りこむことでしょう。 たほうでは、既存のジュエリー販売会社では、卸売会社でも、小売会社でも、市場の服装の 文化がモダンに、ファッショナブルに、カジュアルに、スポーティーに進化しつつある現実 に適応するために、新しいデザイナーの作品の取扱比率を高めたい現実がありました。 そして、デザイナーたちは、ジュエリーの既存の有力な卸売会社や小売会社に安定した市場 を確保するようになりました。 これは、デザイナーにとっても、既存のジュエリー会社にとっても、スバラシイ進化のよう に見えたのですが、同時に、たほうでは、退化のはじまりだったのですね。 デザイナーたちは、既存のジュエリー会社の既存の古く保守的な市場からの要請に応じて、 デザインを退化させることによって、既存の市場に受け入れられて、安定的で継続的な市場 を確保することに成功したのですが、この私でも最近数年間のミュンヘンのインホルゲンタ の会場内では、「むなしい」「さびしい」退屈と退廃を感じていたように、じっさいには、 大きな問題が起こっていたのですね。 そして、世界の先進国でも、日本でも、アクセサリーの進化が加速しました。アクセサリー の市場は活性化して飛躍的に拡大しつつあります。 もう、ヨーロッパでも日本でも、ジュエリーは売れなくなりました。ジュエリーの市場は、 年々、急速に、縮小しつつあります。 ジュエリーは、進化したアクセサリーに、その市場を奪われたのです。大部分の市場を奪わ れ続けているのです。 しかも、もう、この流れは止めようがありません。2005年秋のフランクフルト・メッセ が提示したジュエリーの未来図は、そのありのままの現実でした。 第二次大戦後の世界先進国の高度成長時代のなかで、世界や日本には、新しい富裕層の数が 大幅に増えました。 その経済の高度成長の環境のなかで、成功者のシンボルとして、ジュエリーの使用者の巨富 のシンボルとして、「タカラモノ価値」が大いに売れました。 日本では、国家や社会や企業や家庭や個人の目標がカネでした。金額の実績数値が全目標で あった社会でした。それは、人類の史上でも初めての壮大な実験でした。 そして、当たり前の結果なんですが、ミゴトに、大失敗して、日本の国も民族も国際競争力 の多くを失いました。 いまでは、「タカラモノ価値」の市場は小さくなりました。今後も縮小し続けることになる のでしょう。 タカラモノ価値は20世紀文化の遺産です。封建的で専制的な文化の遺産です。これからの 時代に売るには無理があります。その市場は、ゼロにはならないでしょうが、減りつづける ことでしょう。 ジュエリーにタカラモノ価値の文化や思想や慣習が「まとわりついているかぎり」その市場 は縮小しつづけていくことでしょう。どんどん減るでしょう。 いままでが、おかしかったんですから、これからは、どんどん縮小していくことを前提に、 生きていくしかないです。 それなら、ミンナで、アクセサリーへ転換したら、いいじゃないか、というご意見もあると 思いますが、私個人は、絶対に、イヤです。 好きなジュエリーを創って、楽しく、幸せに、生きていける自信があるからです。こんなに 面白い仕事はないのに、それを捨てるなんて、とんでもない、ですよ。 アクセサリーなんて、量産や量販に適した商品ですからね。あんなものは、そういう生き方 の好きな会社に適した商品です。 大きな会社に適した商品です。大きくなって、もっと大きくなって、もっと大きくなって、 もっと、もっと、厳しい競争のやりたい人たちに適した商品です。 大いに、売れて、売れて、大いに、儲かるのが好きな人たちの商品です。自分自身の世界を 持っていて、その小さな世界のなかで、自分のやりたいことをやって、その世界のなかでは 世界の頂点に立って、自分なりに、幸せに生きたい人にはジュエリーがベストです。 では、ジュエリーとは何か?アクセサリーとは何か?そんなことを定義する必要のある人や それをやりたい人には、ジュエリーは不向きな商品かもしれませんよ。 量産や量販が嫌いな人、自分の好きなジュエリーがある人、特に、自分が創りたい、自分が 売りたいジュエリーがある人が、ジュエリーに向いた人です。 アクセサリーの進化や、その市場の急拡大は、今後も、つづきます。量産や量販の競争は、 ますます、過激化するでしょう。 流行の変化は激しくなり、つねに、大部分の商品が市場にあきられていて、陳腐化している ような状態になるでしょう。 2005年秋のフランクフルトのメッセには私は感謝しています。アクセサリーの進化に、 私自身が、どう対応するのか、その具体的なプロセスを、ハッキリと私の頭のなかで、映像 にすることができたからです。 これまで、演歌ジュエリーを卒業しましょう、と説いてきた私ですが、今後はアクセサリー との差別化を進めましょう、と説く時間が長くなるでしょう。 フランクフルト会場で、私がうれしくなったのは、これからは、ジュエリー市場は縮小して いっても、ジュエリーの仕事は、ますます増えて、ますます面白くなると思ったからです。 その具体的なプロセスを確認できたからです。
次が3枚目の写真です。 9月初めに撮った写真です。まだ、黄葉には早いし、秋の花でも撮ろうかな?と思った瞬間 に庭園が目に浮かびましたので、行ってきました。 次からが、サチさんと一緒の旅のなかで、撮った写真です。 http://www.shapefree.com/newjpg/P1016083.jpg サチさんには、ヨーロッパの9月は秋だから、寒い日もありますよ、寒さにご用心、と予告 していたのですが、暑い日ばっかりで、失礼しました。 ライン川です。バーゼルの少し下流です。前回に、濁流で、茶色に濁ったライン川をお見せ しましたので、ライン川の名誉挽回です。 暑い日で、ドイツから国境を越えて、フランスへ入ったら、サチさんが、国境通過の記念に スタンプを国境の役人にパスポートへ押してもらいたい、とクルマをおりられましたので、 ついでに、国境のライン川の写真を撮ったしだいです。 暑すぎて、ミンナで、木陰で寝たり、水遊びしていました。このあたりまで来たら、ライン の水は透明です。対岸はドイツです。
http://www.shapefree.com/newjpg/P1016120.jpg そして、フォルツハイムからアルザスを目指しました。初日から、ドイツの料理ばっかりで したから、アルザスの私の自慢のフランス料理を食べていただきたくなりました。 私の故郷、リクヴィールの街の夕方です。ミンナ、暑くて、バテたのか、ワイン飲み屋で、 ワインでも深酒していたのか、静かなリクヴィールでした。
http://www.shapefree.com/newjpg/P1016127.jpg 夕方の斜陽のお陰で、すでに、ブドウ畑の黄葉が進んでいる事実を知りました。暑い暑いと 言っているうちに、秋は進んでいたのですね。 |