「田舎の街から、もっと田舎の村里へ、移転したい気持」

地球の自然破壊や大気汚染が進んでしまいましたので、いまでは、世界各地の気候が異常に なりつつあります。

宇宙の楽園の地球の四季を楽しめなくなりつつありますね。今年は、ヨーロッパでも、積雪 がおおくて、春の来るのが後れました。

一口にヨーロッパと言っても、ヨーロッパは広いですが、私のテリトリーはライン川の本流 と支流の河畔です。

やがては、ドナウ川の河畔、イタリアのポー川やアディジェ川の河畔、フランスのローヌ川 やロワール川やセーヌ川の河畔などにも、故郷みたいに親密な生活範囲や行動範囲を広げて いきたいと準備中ですが、いままでのところは、ライン河畔が中心です。

ライン川はアントワープの近くで大西洋に出ます。本流の源流はスイスとイタリアの国境の アルプス主脈の氷河です。

ライン川には多数の支流がありますが、その中の最大の支流がモーゼル川です。フランスの ヴォージュの山々のスズランが密集して生えている森が源流です。私はモーゼル河畔に近い フンスリュック高原の中の谷間の街のイーダル・オーバーシュタインに住んでいます。

500年以上の伝統を持つクラッシックな宝石の産地です。メノウ・カメオなどの宝石彫刻 の特産地としても知られています。

いまでは、多数のファセットをカット&ポリッシュした、ダイアモンドに近い伝統的な宝石 は衰退傾向にありますが、それに代わって、宝石彫刻から生まれて、成長して、大発展した アート品質の高い「新宝石」の宝石彫刻が高度成長中です。

アントワープから移住してきたのですが、いまでは、ここでの生活にも慣れて、テリトリー を広げたい上記の準備を進めるためにも、アントワープへの往復の効率を高めるためにも、 生活の効率や楽しさや安全性を高めるためにも、あまり遠くない将来に、モーゼル河畔への 移住を計画しています。私の人生の最後の移住になるかもしれません。

ヨーロッパは世界でも最高に発達したクルマ社会ですが、そのなかでも、ドイツは、特別に 高度に発達したクルマ社会です。

ところが、イーダルは大きな高原のなかの谷間の街でして、ドイツのなかでは、ダントツに 高速道路との接続の便が悪いのです。季節や道路事情にもよりますけども、その接続には、 片道で、1時間ぐらいもかかります。

せっかく、ヨーロッパに住んでいながら、その世界で最高の道路ネットワークを存分に活用 できなければ、ヨーロッパに住んでいる意味がありません。 モーゼル河畔ですと、高速道路との接続の便の良い村里を選べば、接続は10分未満です。 気候条件も、年間を通じて、はるかにベターですから、効率、コスト、快適さ、安全性など のちがいは、スゴク大きいです。

「ダイアモンド原石の源流の市場相場」が「慢性的な供給過剰」から「長期的な供給不足」 へ大転換しました。20数年間もつづいていた需給構造が転換しました。

数年前からダイアモンドの新時代が始まっていたのです。私が海外産地でのダイアモンドの 仕入の仕事をスタートしたのは1973年春でした。

そのころは、ダイアモンドの原石は供給不足でした。ダイアモンドは、国際的な商品として 誕生した瞬間から、ずーっと、いっかんして、供給不足の状態がつづいていました。

世界的な需要が増えつづけていたなかで、原石の主要な産地が南アフリカだけに限定されて いたからです。

1970年代の前半には、デビアスの株式を買うなんて、不可能に近かったです。買えれば 買ったほうが「絶対に得」なんですが、だからこそ、「めったに」は買えない株式でした。

そして、その原石供給不足の時代は、その後も長くつづいて、1979年までつづきました。 ですから、私たちの世代の日本人は、原石供給不足の時代の仕事の仕方には、慣れ親しんで いるのですが、いまの日本人は、どう生きたら良いのか?どう仕事をしたら良いのか?ワケ が分からないらしくて、動揺して、混乱して、います。

ダイアモンドの市況には大波と小波があります。小波は、つねに、動いています。日本人は 小波への適応は上手いのですが、どうやら、構造的な大波の大転換には弱いようですね。

しかも、その大波は、いったん転換したら、10年以上、たぶん、20年ぐらいはつづくと 考えるべきですから、タイヘンに、タイヘンです。

私は、もう若くはないですが、どちらかと言えば、私には得意中の得意な領域の仕事の局面 が到来しましたから、ふたたび、原石の源流市場のあるアントワープでの滞在時間を増やす 決心を固めました。

もちろん、イーダルの新宝石との取り組みは、ますます、強化します。アントワープ滞在の 時間を増やして、ダイアモンド原石との関係を、質的なレベル面で、高めて深めることが、 新宝石や新貴金属デザインの発展にも、きわめて良い影響を波及できると信じています。

幸い、私が親しい新宝石デザイナーさんたちがアトリエを構えている村里には、モーゼルの 河畔の村里からのほうが、時間距離は短いです。

それから、モーゼル河畔の村里からですと、日本やインドを含む海外や遠方の世界各地への 旅の「駅」であるフランクフルト空港が、ウーンと近くなります。

1980年代の慢性的な原石の供給過剰時代のなかで、デビアスの株式は、長期的に、値下 がりをつづけて、最後には、まるで、タダみたいな値段になっていました。

そして、他社による買収を恐れてか?親会社のアングロアメリカンとオーナーファミリーに よって、全株式を買い取られて、上場会社としてのデビアスは消滅しました。

いまでは、そのアングロアメリカン社の株式の相場が、長期的に、値下がりしていまして、 何だか、心配です。寒気がします。

世界最大の金鉱山会社ですけど、その金の採掘コストは世界最高です。それでも300ドル 以下と公表されていますから、いまの高騰した金相場のなかでは、異常ですよね。

じつは、このような誰もが知っている基礎的な情報を、このサイトのなかで書くことや書か されることは、私には苦痛です。

けど、書かないと話が進まないケースが、いまでも、まだ、おおいのです。それどころか、 世界的には常識である基礎的な情報が、日本のおおくの方々をビックリさせたケースも多々 ありました。

お願いがあります。riotintoもde beersも、インターネットにサイトを出しています。巨大 な組織ですから、さまざまなサイトがありますけど、ふつうの誰もが入れる入口から入って いったら、どんどん、奥へ入れるはずです。

riotintoは総合的なバカデカイ鉱山会社ですから、同社の本社のサイトへ入っていったら、 そのなかで、迷子になってしまうかもしれませんが、しょせん、地球上の「ふつう」の会社 ですからね、何とか、ガンバッテ、粘って、進路を見つけて、進んでください。

インターネットのサイトの「お気に入り欄」に入れて、日常的に、本社や、さまざまな世界 の各地の鉱山の現場のサイトを見て、楽しむ習慣を見につけてください。

「鑑定屋さんの時代は終った」「自称グレーダーの時代は終った」「日本人のなかには宝石 の鑑定屋はいるけども、バイヤーはいなくなった」「デビアスとGIAの情報しか、理解できず 信じられない人間は、生きていけなくなった」とか、色々な恐ろしい話を聞きますけども、 私は、そんなふうには、考えていません。

けど、日本のウチの業界人も、もっと、もっと、「ふつう」で、「常識的」で、「国際的」 であっても、良いのではありませんか?

誰かによって、あるいは、ある特定の組織によって、コントロールされた情報しか、理解で きない、信用できない、受け入れられない、としたら、あまりにも、みじめですね。

今回は、私のモーゼル河畔の春です。それも、少し上流のルクセンブルグ国内のモーゼルの 河畔です。東京あたりの日本よりも、春は少しおそいです。

モーゼルはドイツの川のイメージが強いですが、中流域では、西岸がルクセンブルグ国内に なります。そして、さらに、上流はフランス国内を流れています。

もちろん、その河畔にはワイン産地がつづきますが、上流へ行くほど、産地としての規模も 評価も小さくなります。

ルクセンブルグは総人口わずか40万人の小さな国ですが、美しく、清潔で、安全な国土を 持ったスバラシイ国です。そして、世界的に知られた節税天国です。

今回のトップの写真はルクセンブルグ南部のモーゼル河畔です。川の対岸はドイツの国内、 すぐ南はフランス国境です。

桜の名所でして、桜と柳の新緑の組合せが売り物です。ヨーロッパにも、さまざまな種類の 桜がありますが、この赤みの強い桜も好まれています。

日本から来られた方は、「ミンナ、どこへ行っちゃったんですか?」と質問されるケースが おおいですが、やっぱり、人口密度が少ないのですね。ミンナが、どこかへ行ってしまった わけではなくて、ミンナ、ここにいるのですけど、数が少ないですから、見えないのです。

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桜に対する感覚が違う、とは言っても、これには、ビックリしましたね。桜を生垣に使って います。道路は河岸のクルマの通行量のおおい道です。このあたりでは幹線道路です。

それにしても、生垣用の他の木の間に、適当に、桜を混ぜて植えてしまった道路工事の組織 の作業員は、何を考えていたのでしょうか?

たまたま、その時に、彼らの手元に、桜の苗木があまっていたのでしょうか?木なら何でも 同じだと考えたのかもしれませんね。

あるいは、アフリカあたりから移住してきたばかりの若い労働者で、ヨーロッパの木も自然 も知らなかったのでしょうか?

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この白い色の桜のほうが少し早く咲きます。このように桜並木を愛する文化はヨーロッパに もあるのです。かなりの古木です。

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桜並木を少し進んでみました。道は散歩用の道です。先ほどの生垣の外側の車道は桜並木の 左側にあります。その左側は、この節税天国で、老後を過ごしている、ヨーロッパ各国人の 別荘です。小金持ちたちの中規模なアパートが並んでいます。右側はモーゼル川の流れで、 対岸はドイツ国内です。

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今度はルクセンブルグの街の旧市街です。人口は10万人足らずですが、ルクセンブルグの 国内では、ダントツに最大の街です。

国際的な金融センターでして、ここを活用して、投資活動をやっているヨーロッパや世界の 各国からの人々がおおいです。

ですから、国際的な街です。節税天国で、税金なら、何もかも安いですので、ここの街の店 で買物をすると消費税が安いですから、商店街も発達しています。

それから、クルマのガソリン税が周辺のヨーロッパ各国よりも3割ぐらいも安いですから、 ガソリンスタンドには、ヨーロッパ各国からのクルマで、車列ができます。

近くのドイツ住人にとっても、この国や、この街が近くに存在することは、ありがたいこと です。近くに、ここがあるから、イーダルへ移住してきたと言っても過言ではないくらいに 利用価値は高いです。

まず、食文化にフランス文化の影響が強いです。隣接するドイツ、ベルギー、フランス文化 がミックスしているのですが、きわめて、フランス料理そのものに近い料理もおおいです。

私の場合、長年、アントワープに住んでいましたので、ときどき、ものすごくフランス料理 が恋しくなる時があります。

ドイツ料理よりもフランス料理のほうが美味いということではないのですけども、ときどき 無性にフランスの味が恋しくなります。

幸い、ルクセンブルグには、フランス料理店がおおいです。大好きなフランス・スタイルの 海鮮料理店もあります。

さらに、国際的な街ですから、イタリア料理、中華料理、日本料理もあります。イタリアや 中華料理や日本料理は、アントワープよりもレベルもヴァラエティーも上でしょう。

日本料理店には、カマクラと言いまして、雰囲気の良い場所に、居酒屋スタイルではなく、 ヨーロッパ人も連れて行きやすい、私の好きなスタイルの日本レストランがあります。

イーダルみたいなドイツの山深い場所に住んでいたら、日本食が食えなくて、タイヘンでは ないのか?と心配していただいている方もいますけど、日本から来られる方々のなかには、 いまでも、日本食のほうがベターな方も、日本食でなければダメな方もいます。

ご心配なく。フランクフルト市内にはありますし、アントワープヘの途上のケルン市内にも ブラッセルにも、良い日本レストランが多々あります。

私もイタリアのスパゲッティーが好きです。特に、春は貝殻がついたままの生きた貝入りの 塩味だけのスパゲティー・ボンゴレの旬です。

ムカシ、アントワープ住人時代に、アントワープの長い冬に耐えきれなくて、イースターの 連休が早く来る年には、イタリアのヴィチェンツァの北のほうの南チロルへ通っていた時代 がありました。

ドロミテの山塊の西側の、オーストラリアの北チロルからアルプスの主脈を越えた南側の、 巨大な氷河の山々の下の深い谷間に、メラーノという美しい避寒地があります。

イタリアの避寒地と言いますと、西のほうでは、マッジョーレ湖畔が有名ですが、東のほう ではメラーノが名高いです。

アルプス山麓の高い山の深い深い谷間の底にあって、特別な地形が生んだヨーロッパの奇跡 のような天恵の避寒地です。 ムカシ、暗くて、寒くて、雨ばかり降っていたアントワープの長い長い冬に耐えかねていた 私は、3月末にイースター連休のあった年には、もう、ガマンできなくなって、休暇の初日 の朝の2時ごろに起きて、アントワープから、クルマを飛ばして、その日のうちにメラーノ へ直行しました。

まだ、若かったからでしょうね。初回は、途中のドイツへ一泊して、恐る恐る遠路の旅先で あるメラーノへ入ったのですが、2回目からは、朝に早立ちして、歓喜しながら、ゆうゆう 疲れも感じずに、直行していました。

暗い暗い冬のアントワープでしたが、メラーノでは、ツバメが飛びかい、リンゴや洋ナシの 花々が咲き乱れる春爛漫の春でした。

そして、年間に3回しかなかったアントワープ業界の貴重な長期休暇を、高山の氷河スキー で使い果たして、疲れ果てて、メラーノの街へ下った私を待ち受けてくれたのがボンゴーレ でした。

美味かったですね。じつに美味かったです。その時は夢中で食べていて、気がつかなかった のですけど、あれは、生きた殻つきのハマグリの入ったボンゴーレでした。

その生きた殻つきのハマグリ入りのスパゲッティー・ボンゴレーレに、ルクセンブルグ市内 のイタリア・レストランで、じつに久しぶりに再会しました。

それほど、ルクセンブルグには、国際的な市場があって、レベルの高い、さまざまな国際的 なレストランがあります。

先週にアントワープヘ行ったら、「アナタの好きな生きた貝殻つきの貝入りのボンゴーレが あるよ」と勧めてくれましたので、喜んで、注文しましたら、やっぱり、貝は小粒なアサリ でした。

もちろん、アサリが標準ですから、アサリでも美味いですけど、私には、おだてたら、貝殻 つきのハマグリがイッパイ入ったスープも出してくれた、メラーノのハマグリが、いまでも タマラナイくらいに「なつかしい」です。

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ルクセンブルグ旧市街には、ヨーロッパでも特別に美しいテラスがあります。テラスの上に 観光客が見えますね。夏には、もっと、ウーンと増えます。

下の川はモーゼルの支流です。先ほど紹介しました日本レストランのカマクラは、この川の そばの良い場所にあります。

日本の各地にも地域差があって、文化がちがいます。日本各地を旅をして、その文化の違い を楽しむことができます。

ヨーロッパでは、陸つづきで、いまでは、国境も消えつつありますが、それでも、ムカシは 別々な国でしたから、各国ごとの文化のちがいは、日本の各県のちがいよりも大きいです。

いまの私は、ドイツ住人ですが、ルクセンブルグ、フランス、ベルギー国境の近くに住んで います。その事実を強く計算して移住してきたのですが、その計算は正しかった、と思って います。

もともと、アントワープからは、オランダも、フランスも近かったのですが、道路の事情が ちがったせいか、文化の違い方が少なかったせいか、いまのようには、ひんぱんに、積極的 に国境を越えていなかったです。

いまでは、毎日のように、何か食べたい物が、国境の先にあると、迷わずに、国境を越えて います。自炊用の食品の買出しにも、毎月、何回か国境を越えて、フランス食文化の食べ物 を買いに出かけます。

ドイツの食品スーパーにも、毎週、通っていますけど、もっとヴァラエティーを増やしたく なったら、国境を越えます。

たぶん、東京の食文化と大阪の食文化と名古屋の食文化が、ガラガラに空いた高速道路を、 クルマで飛ばして、1時間未満の距離の小さな街にある、田舎の村里に住んでいる日本人が いるとしたら、そんな行動をするかもしれませんよ。

何もない田舎だから、道が空いた田舎道だから、できることで、やりたくなることなのかも しれませんけども、いまでは、選択の自由の大きな、この生活が大いに気にいっています。

そして、もっと、もっと、選択の自由を広げたくて、ドイツの高速道路1号線に至近の村里 への移転を志向しています。

土曜日の朝、起きて、その気になったら、一泊二日の日程で、ラクーに、快適に、イタリア のメラーノへ、ハマグリ入りのスパゲッティーを食べに行けます。

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