「ツルに代わってカモが迎えてくれたテラス」

今年も、3月中旬に、昨年と同じような日程で、インドへ行ってきました。ですから、昨年 につづいて、今年も、ルクセンブルグ市の旧市街の上空を通過するツルの大群の北帰行には 出会えませんでした。

今年こそ、事前に、前夜から、じゅうぶんな準備をしておいて、旧市街のテラスの上から、 完璧な写真を撮りたかったのでけれども、まことに残念です。

インドでは、ダイアモンドの石そのものが、インド側の期待以上に、よく売れていました。 もちろん、アメリカ、ヨーロッパ、日本などの世界の「ふつう」の先進国向けには、もう、 いまの値段のダイアモンドは、まったく、売れていませんので、売れていたのはアジア諸国 向けでした。

ダイアモンドや色石には「宝石品質」のタカラモノの高品質な石があります。タカラモノは 「タカラモノ」ですから、国際通貨の現金への換金が容易です。

いつでも、信用のある国際通貨の現金へ換金できます。タカラモノには相場がありまして、 その国際相場で換金できます。

モノの値段は、つねに、いつでも、市場の需要と供給の関係で決まります。宝石品質の宝石 の場合は、その市場の需要と供給の関係が、永遠に、つねに、供給不足になっています。

世界中に、買いたい人が多数いるのに、売りたい人が少ないから、その需要と供給の関係に 応じて、適正に高い値段で、売れるのです。

なにがタカラモノのなのか?その値段は「いくら」であるのか?それを決めている科学的な 基準は、ありません。法律も規則も、ありません。

決めているのは全世界の市場なのです。世界の市場の需要と供給の関係の現実です。全世界 の多数の売り手と買い手の判断や意思です。

デビアスやリオティントやロシア大蔵省やGIAなどの品質と値段の関係の計算の基準も、 売り手と買い手が値段を決める時の「基本情報の1部分」に過ぎません。

その宝石品質のダイアモンドの値段は、いまでも、ふだんは、ゆるやかに、時に、大幅に、 値上がりしつづけています。

ぎゃくに、小粒石で、低品質で、値段の安い、純粋にアクセサリー素材のダイアモンドも、 いまでも、「値段が適正に安いですから」着実に売れています。

ここで、いまでは、世界の「ふつう」の先進国では、まったく、売れなくなっていると報告 しているダイアモンドは「グレード品質」の「中級の高品質な」石のことです。

グレードの記号的には、その記号が(たとえば、FとGの違いだけで)「宝石品質に近い」 から、長年、宝石品質に似ていると誤解されたり錯覚されたりしていて、値段が、法外に、 割高になってしまった品質の石です。

需要と供給の関係が、「宝石品質とは根本的に違っていて」「慢性的に供給過剰であるにも かかわらず」、市場の相場だけが、法外に、割高に、なってしまった品質の石です。

宝石価値の裏づけがないのだから、タカラモノではないのだから、いまでは、もう、売り手 と買い手にとって、適正な値段で換金できないのだから、アクセサリー素材に過ぎないのに もかかわらず、グレード信仰の後遺症で、いまでも、宝石価値があるかのような高い値段で 販売されているダイアモンドです。

アクセサリーなのだから、アクセサリーとして、「その美しさの使用価値に見合った値段で 販売されたら」、さすがに、ダイアモンドですので、モノスゴク美しいですからね、当然、 モノスゴク売れるのに、「長年の供給過剰で、世界中の街の中で、ありふれている割には」 「着用していたら、他人の目には、バカに見えるほどに、値段が高すぎる」と街の市場で、 判断されているから、売れていないのです。

じつは、このように、世界の「ふつう」の先進国の市場で、まったく、売れなくなったのは 「ごく」最近のことです。

2000年代になった後で、2006年の春ごろまで、数年間、アントワープの原石市場の 市場相場は高騰しました。そして、2006年の夏前から、反落がはじまりました。まだ、 最近の相場の変動ですから、ご記憶も新しいでしょう。

1980年からつづいていた長期的な値下がりの時代の中で、原石の鉱山事業の採算が悪化 した結果、原石鉱山への開発投資が減少していて、原石の需要と供給の関係が、供給不足に なっている事実が、確認されたから、原石が高騰したのです。

けど、値下がりの時代が「長く長く」つづいていたのですから、もう、現実の街の市場で、 ダイアモンドが売りにくくなってきていた事実への「冷徹な」認識や分析が、絶対に必要で あったにもかかわらず、世界的な株式相場の上昇などで、もっと有利な行き場を求めていた 投機資金を誘導して、原石投機が発生しました。

たとえば、「長く長く」つづいた、値下がりの時代の後でしたから、「長く長く」つづく、 「ひかえめで、礼儀正しくて」「きわめて、モノスゴク」「ゆるやかな」値上がりが、現実 の市場との関係では、適切であった、のかもしれません。

けど、原石市場の市場相場は、投機の発生によって、高騰してしまいました。そして、世界 の「ふつう」の先進国の市場の中の多数の「きわめて」有力な宝石やジュエリーの販売会社 を含む市場を、ダイアモンドの「敵」にまわしてしまったのです。

ムカシから、アントワープでは、デビアスの悪口や批判なら、日常的な情報でした。けど、 それまでは、小さな声で、遠慮ぎみに、ひかえめに、話されていました。

ところが、今回の高騰の際には、アメリカやヨーロッパの大手の有力な会社のオーナーたち の多く(たぶん、全社か、大部分)が、大きな声で、激怒して、長々と、過激に悪口や批判 を語りだしたのです。

だれ、はばかることなく、大声で、語りだしたのです。「もう、ダイアモンドなんか、見る のもイヤだ。これからは、売ってやらんよ。」そんな話ばかりでした。

それでも、アントワープの原石市場では、世界の現実の街の市場の声に耳を傾ける人物は、 いませんでした。

ミンナ、投機の成功による相場の高騰の成果に酔いしれていて、その時、「世界の街のなか の現実の市場では、何が起ころうとしていたのか」考えてもいなかったのです。

私が暗い顔をしていたら、いわく「こんな時に、不景気な話なんかするなよ。」「日本市場 でダイアモンドが売れても、売れなくても、アントワープの原石市場の市場相場には、何の 関係もないよ。」「もう、日本市場のことなんか、どうでも、いいのだ。」「日本市場とは 何の取り引きもないのだからね。コッチには取り引きする気もないけどもね。」

こんな調子でしたから、世界の「ふつう」の先進国の市場は、どんどん、ダイアモンド原石 の市場の市場相場からは、離れていきました。

では、なぜ、アジア諸国や、世界の「ふつう」の先進国の1部分の「ローカルな市場」では 売れているのか?それは「その市場の進化が後れている」からでしょう。

世界の「ふつう」の先進国の「ふつう」の市場が卒業してしまった=宝石の文化や価値観の 「後進性が残っている」からでしょう。

3月のインドは、あまり暑くはなく、快適な気候です。豪華な花嫁衣裳を着ていても、屋外 を歩ける気候です。

インドの結婚式は世界でもイチバン盛大ですが、長時間、正装で、快適に屋外に滞在できる 3月は、特に、盛大な結婚式の多い季節です。

想像を絶するほど、モノスゴク盛大な結婚式が行われていました。けど、ムカシのインドに 比べたら、その異常に盛大な結婚式に対する「インド人社会の中からの冷ややかな視線」も 増えてきました。

アジア諸国向けのダイアモンドが、強いグレード信仰に支えられて、永遠に、いまのように 売れつづけると考えるのは、不自然かもしれませんよ。

色石の世界でも、タイのバンコクの地位が急降下してしまったようです。いわゆるタイ品質 の色石が世界の「ふつう」の先進国では売れなくなってしまったようです。

小粒で、濃いカラーで、値段の高い色石が売れなくなってしまったようです。「もう、いま のバンコクには、買うモノがない」という声を聞きます。

アメリカのアリゾナのツーソンの宝石とミネラルとジュエリーのフェアが、去年も今年も、 大いに盛り上がりましたが、その活況は、バンコク品質の衰退と連動しているのでしょう。

ツーソンの「宝石文化革命」などという言葉も聞きましたが、色石の場合も、宝石の文化や 価値観が革命的に進化してきて、その文化革命の舞台がツーソンになったのでしょう。

「美しさの使用価値」が高くて、その割には「値段が適正に安い」色石に市場の人気が集中 しているのでしょう。

美しさの使用価値を鑑定していない=「グレードの記号や言葉」を、いつのまにか、世界の 「ふつう」の先進国の市場が卒業して、進化してしまったのでしょう。

要するに、日本の国内の各社や各人にも、宝石品質とアクセサリー品質を明確に区分できる 能力と、その区分の実行が必要な時代なのです。

たぶん、グレードの技術や精度やコストを、もっと高くして、宝石品質だけを正確に精密に 鑑定する選択もありますね。

そして、アクセサリー品質用には、もっと量産型の安価で簡単なグレードを開発しますか? とにかく、世界や日本の市場の進化への適切な対応が必要ですね。

GIAアメリカが「大スキャンダル」(長年、世界の大手のダイアモンド研磨石の販売会社 の全社、あるいは、大部分の会社と結託して、それらの販売会社から要請されたとおりに、 デタラメやインチキのグレードの鑑定書を発行していた)の発覚で、いまのグレードは世界 の「優良な」市場からの信頼を「完全に」失ってしまったままの状態です。

どうやら、GIAアメリカは、アメリカ国内での鑑定の需要数が激減した結果、自らの存立 の危機への対応に追われているだけで、世界の市場の中で失われたグレードへの信頼を回復 する責任感も使命感も戦略も持っていないようです。

「世界の業界が」「世界の業界として」「市場と自らを守るために」、動き出して、適切に 対応しなければならない時期が、来ているのではありませんか?

今回の写真はルクセンブルグ市内です。上記のような事情で、今年もツルの北帰行の撮影は 実現できませんでした。

それでも、インドのムンバイ空港からフランクフルト空港へ着いた日に、そのままクルマを 飛ばして、ルクセンブルグ市の旧市街のテラスへ直行しました。

写真を撮れないことは分かっていましたけど、失敗談ではあっても、その失敗を実行して、 「失敗物語」を「完成させたほうがよい」と考えました。

ムンバイを午前3時すぎに発ったルフトハンザ機はフランクフルトへ同じ日の午前7時すぎ に着きました。正確に時間表のとおりに飛びました。

インドとヨーロッパの時差は冬は4時間半、夏は3時間半です。フランクフルト〜ムンバイ の往復は片道が7時間あまりの時間距離です。

ムンバイへの往復がラクになることもイーダルへの移住の動機の1つでしたが、たしかに、 アントワープ時代に比べたら、おおはばに、ラクになりました。

1つの理由は、言葉には出しにくい話なのですが、経営が破綻したKLMとヨーロッパ最強 のルフトハンザの航空会社間の実力の差が大きいようです。 フランクフルトからムンバイへの往路の機内で、こんな会話がありました。私の座席の近く の座席に座っていたインド人のビジネスマン2名とルフトハンザの中年男性の客室乗務員と の会話です。

フランクフルトとムンバイのキップの料金が特別に高かったものですから、インド側が高い 理由を確認したのです。

私もイーダルの旅行代理店から、ムンバイ往復のキップは、成田往復のキップより、大幅に 高くて、あきらかに異常だけれども、ルフトハンザがムカシから、そのように決めていて、 どうにも、交渉の余地がないから、どうしても、私がムンバイへ行く必要があるのならば、 「いまの世界の空路の座席の需要と供給の関係の{現実}として」受け入れてください、と 何度も何度も念をおされました。

ルフトハンザいわく「ルフトハンザのキップの値段の中でもムンバイ線の値段は特別に高い のです。社内でも特別に高いですし、他社と比べても特別に高いでしょう。インド航空も、 毎日、飛んでいますし、インド航空のほうが、値段は安いでしょう。」

インドいわく「インド航空はヤダよ。ルフトハンザのキップを、もっと安く買いたいよ。」 ルフトハンザいわく「いまの値段でも、つねに、満席で、イチバン売れているキップです。 この路線のキップの値段が下がるとは考えられませんね。」

「ドイツのビジネスマンには、ルフトハンザに乗らない人も多いです。海外旅行の利点には 自国を出られて{自国民から離れられる}開放感もあるのでしょう。言葉の問題もあって、 一般に、観光客には、自国の航空会社を利用する傾向が強いですけど、ビジネスマンには、 ぎゃくに、自国の航空会社を避けたがる人も多いです。ごらんのとおりに、この機内には、 日本人ビジネスマンも何人か乗っておられます。」

インドいわく「なぜ?」私いわく「ヨーロッパ在住の日本人か、ヨーロッパへ出張してきた 日本人でしょう。日本人にはヨーロッパからのほうがインド往復がラクなのですよ。」

インドいわく「なぜ?」ルフトハンザいわく「JALやANAは特別にシンガポールやタイ の仕事に熱心なのですよ。その権益や立場を猛烈に強固に確保していて、ルフトハンザにも 競争ができないのです。その反動で、インドの仕事には、熱心ではないのです。ですから、 インドの仕事には、ルフトハンザは熱心なのです。」

ルフトハンザいわく「この話は、私個人の、個人的な経験にもとづいた主観的な印象です。 ですから、事実とは、まったく違うかもしれません。」

けど、ありそうな話ですよね。事実かもしれませんね。そして、事実なら、とんでもなく、 ケシカラン話ですね。

世界最大のビジネス旅行者の市場で、急成長中で、収益性も成長性も安定性もベストである インド市場を軽視するなんて!インドへ旅行する多数の日本人のビジネス客に「長年の間、 たえがたいほどの苦痛や不便をあたえつづけても、反省も恥じもしないなんて!「ふつう」 の日本人には、考えられませんけども、時代後れの日本の航空行政や、経営が破綻している JALなら、ありそうな話ですよね。

イーダルの自宅〜フランクフルト空港の往復は片道が1時間あまりです。フランクフルトの 空港での{オーバーナイトの}駐車料金が、ドイツ人の感覚では、やや高いせいもあって、 その駐車料金の全額を、私が支払う条件で、いまでは、空港の往復は、常用のギャレージの クルマを、ギャレージの若者に運転してもらって、送迎してもらっていましたが、今回は、 私の帰途の特別な予定もありましたので、自分のクルマを自分で運転しました。

フランクフルト空港を朝の9時ごろに出たら、ルクセンブルグ市のセンターの駐車場へは、 昼前に着けます。さまざまな道の選択もありますので、それだけは、私の経験では、確かな 事実です。ただ、それだけを頼りに、私はクルマを飛ばしました。

昼前に着いても、ツルに会えないことは分かっていましたけども、昼前に着いて、かりに、 着いても、会えなかったことを確認して、ハッキリとあきらめるために、私は速めの速度で クルマを飛ばしました。

私みたいに、毎日、ドイツで、長距離を、高速に、クルマを運転している者には、日本や、 インドから帰った日には、(スピード制限のない区間が長い)ドイツ流の高速運転中毒症の 症状が出てきて、無性に、クルマを「ぶっ飛ばしたく」なります。

そのクセも読んだ上でのルクセンブルグ行きでした。もちろん、ツルの大きな群には再会は できませんでしたけども、高速運転中毒症は、すぐに解放できましたし、快晴の早春の爽快 なルクセンブルグの街の散策も、大いに楽しめました。

今回のトップの写真はルクセンブルグ旧市街の「テラス」の壁の上で、日なたぼっこをして いる野生のカモです。

テラスの下にはモーゼル川の支流が流れています。テラスは高い石壁の上にありますから、 テラスから下へ転落したら、危険です。

それで、テラスには、コンクリートの壁があって、テラスの下へ転落できないようになって います。その壁の上端の上から、カモたちは下の川を眺めていました。

何と、この「疲れ果てて」しかも「妙に、ハツラツとしていて、元気だった」私のために、 神さまの指示で?出迎えてくれたのは、あのナジミのツルの大群の代わりに、このカモたち の{たった}2匹でした。

それでも、よーく見たら、美しくて、派手な衣装のオスの2匹でした。ヨーロッパにはカモ がイッパイいますから、路傍や水辺で、カモの死体を見る機会が多いです。

けど、死んでいるのは、この写真に写っているようなハデな外装の大人のオスばかりです。 オスの派手な外装は、独身時代には、メスをひきつけるために有効ですが、結婚した後は、 メスを守って、メスや、子孫を、死の危険から守るために、自分のハデな衣装に敵の関心を ひきつけておいて、自分の死によって、妻や家族を守る防護服だったのですね。

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テラスの下は川で、川の先には、下の街があります。そして、上のテラスのつづきには上の 街があります。ルクセンブルグ市のモダンな部分のセンターです。

そのテラスのつづきの上の街のテラス側の庭の端に水仙が咲いていました。ヨーロッパには 「黄色い」花の水仙が多いです。

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カモたちが眺めていた下の川です。インドから帰った直後だった私は、今年のヨーロッパの 「早い春の」シンボルのような特別な美しさを、この柳の新芽に、感じました。

写真の左上の壁の部分がムカシからのテラスの壁です。ユネスコに、このまま放置したら、 損壊して、失われてしまう危険のある、「世界危機遺産」に登録されています。

戦後、もっと、いまよりも、経済的に貧しかった時代の日本国が、貴重な援助を実行して、 救った、美談のある、古い古い時代からの、貴重なテラスの壁です。

ルクセンブルグ国の公式ガイドは、このテラスに観光客を案内すると、かならず日本からの 貴重な援助のお陰で、このテラスが救われた話を、長々と、まるで、説教をするみたいに、 観光客たちに、話します。すると「隣国のフランスやドイツやベルギーは何をしたのだ?」 という声が、ヨーロッパ人の観光客の中からは、出てきます。

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ルクセンブルグ市のモダンな街のセンターにある広場です。テラスからは近くの場所です。 正面は観光案内所です。いま、大改装中です。大改装が必要な理由は下記です。

ルクセンブルグはヨーロッパ連合の金融センターです。国際化した楽しい街です。節税天国 で消費税が安い関係で、ブランド物などのショッピングの適地でもあります。ワインの優良 な産地です。フランス料理、イタリア料理、ポルトガル料理、中国料理などの料理のレベル も高い街です。日本料理にも「鎌倉」という本格的な良い店がテラスの下の街にあります。

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ブルーの看板がイッパイありますけど、上記の大改装中の観光案内所の前のブルーの看板と 同じ看板です。ルクセンブルグ市とその周辺の広い地域が、2007年度のヨーロッパ連合 の「文化的な首都」になったことを宣言しています。

このヨーロッパの文化的な首都の行事は、毎年、ヨーロッパを代表する多数の街の中から、 たった1つの都市だけが選ばれて、その街の歴史や文化を、本格的に、「深く掘り下げて、 紹介する、{公式の}観光行事です。」

その気になって、ホンキで、ホントウに、深く入りこんだなら、その街を深く理解できて、 スバラシク楽しくて、有意義な行事なのです。

私がアントワープ旧市街の「ハート」である「フライケンスハング」の住人時代に、アント ワープが選ばれて、その年の1年間、アントワープの旧市街のさまざまな部分や人々と深く 交わることができまして、私の生涯でも、特別に特別なスバラシク楽しい時間を持つことが できました。

今年は、ルクセンブルグの街や、その周辺の地域の文化や史跡や風俗や行事を掘り下げて、 大いに楽しみたい、と念願しています。

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こちらもテラスの下は下なのですが、上記のモダンな街のセンターからは、もっと、近くに あって、新しい時代に建造されたテラスです。

時間のない、あるいは、ルクセンブルグの知識のない、観光客の多くは、こっちのテラスを 見ただけで、帰ってしまうケースが多いですが、テラスのホントウの核心部分は今回の写真 の1枚目〜3枚目あたりです。ヨーロッパを代表するテラスです。世界の危機遺産のテラス ですから、見ないと、損です。こちらの新しいテラスの壁の下に桜が咲いていました。

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