「先祖伝来のお店から離れて転進する日本人が増えつつあって」

いまの日本では、日本社会の中で広がってきた格差の是正への関心が高まっています。経済 の自由化を進めなければ、国際化が進んでいる世界の経済社会の中で、国際競争力を失い、 やがて、国も民族も衰退してしまいます。

日本の国際競争力を維持するためには、日本の社会や経済の自由化は、絶対に必要な条件な のですけども、自由化を進めれば進めるほど、強い部分が、もっと、もっと、強くなって、 弱い部分が、もっと、もっと、弱くなります。

けど、弱い部分を、守ろうとすると、強い部分も、弱くなってしまいますから、日本全体が 弱くなって、国際競争力を失ってしまいます。

日本の社会全体の構造改革が必要なのですが、日本人一人一人の国際競争力の問題でもあり ますから、なかなか、むずかしいですね。

それで、大局でなく、具体的な小局を見ますと、私の身辺の日本では、宝飾店の転換を志向 する動きが表面化しつつあります。

これまで、さまざまな努力をしてきたけども、もう、どんなに、努力しても、いまのままの 立地で、いまのままの商品で、いまのままの売り方では、自店の経営は成りたたないから、 衰えたとはいえ、まだ、イノチのあるウチに、思い切った転換が必要である、と考える方々 が増えてきました。

幸い、モノスゴク難しかった商品の面の転換は、私の身辺のヨーロッパやインドの成長で、 私の見える範囲内だけでも、新しい時代の商品への転換は可能になっています。

問題は、こんな時代になっても、まだ、残っている日本の輸入規制です。高率の輸入関税の 存在です。日本の時代後れの行政と政治のシンボルです。

日本の数万社以上のジュエリーの卸売会社や小売会社の経営を、いまのように衰退させて、 そこで働いている数十万人の人々や、日本人のジュエリーのエンドユーザーである数千万人 の人びとの生活を、モノスゴク、不自由にして、苦痛にして、不幸にしている、まことに、 はずべき、犯罪行為です。

日本の社会の格差の是正を考える場合、従来型の時代後れの、古き悪しき行政があるから、 古いままの社会をイジして、存続させているキセイがあり、そのキセイを存続させるための 行政のソシキをイジするために、モノスゴク高額の税金が必要になっているジジツを、忘れ ないでください。

日本をダメにしたのは日本人です。無知で無能な行政と、その依存者たちです。無知で無能 である事実にきがつかないで、過去からの惰性のまま、過去からの利権の基盤に居座って、 ずうずうしく、いきている、日本人たちです。

構造改革=日本の社会の古き悪しき基盤の破壊が必要な時です。このまま放置しておけば、 やがて、日本国は、もっと、もっと、老衰して、そして、滅亡するまえに、民主化や自由化 をもとめる若者たちが、流血の革命をおこすかもしれません。

憲法の改正との関連で、国政の選挙の投票者の年齢が、18歳まで引きさげられるそうです けども、どこの知恵者が考えたのでしょうか?

これは、憲法改正以上に、日本国の未来にとって、大快挙になりますね。やがて、構造改革 のスピードはあがるでしょう。

いっそ、もっと、投票年齢をひきさげて、義務教育を終了したら、選挙に投票できるように すれば、日本は世界でベストな国になれるかもしれませんよ。

とにかく思いきった改革が必要なときです。いまの日本には海外育ちの30歳代の総理大臣 が必要でしょう。

日本の地方都市を中心に、商店立地の問題も深刻なようですね。市場が、衰退しつづけて、 きえつつあるケースが多いようです。

社会や文化の国際化が進んで、国際的な自由競争が激化する時代に、輸入規制で、商業者が 世界でベストな産地で商品開発をする自由をうばったままで、商店街の改装とか、誰の目に もみえる「街や店の{外側だけ}の改善」に、税金をムダに使ったのです。

国や地方の政治も、行政も、日本国は、長年、ひじょうに長年のあいだ、土木建設業界や、 銀行の奴隷になっていたのです。

そして、政治や行政と結託することにばっかり熱心で、経営の本質である自社の取扱商品や 組織の国際競争力を強化するとこを、ひじょうに長年、おこたっていた建設会社も銀行も、 とうぜん、国際競争力を失ったのです。

ですから、「もっと、前の1960年代や、その前後の時代の中で実行することが、日本人 にとっては、絶対に必要であった」「国際的な商品開発能力を修得する貴重なチャンス」を 奪われてしまい、国際競争力を持てないでいる日本の商業者が、やがては、いまのように、 「ゼンメツする」コースに入ったのは、あたりまえだったのです。

日本しかしらない、国際オンチで、経営や商売のシロウトの役人たちに、商店街の現代化や 活性化なんか、できるわけがないのに、政治家たちは、もっと、はるかに時代後れで、異常 なほどの国際オンチですから、日本をダメにしたのは、1000%、日本人です。

とにかく、デタラメ、インチキ、ゴマカシだらけのムチャクチャばっかり、やってきました からね。わざわざ、一生懸命に、努力して、日本人が日本をダメにしてしまったのです。

もう、ここまで、ダメになったからには、商店立地の場合でも、長年のお店からも、長年の 街からも、完全に離れて、まったく新しい立地を、いまや未来の視点から、すなおな目で、 えらぶほうが、自然で健全で安全でしょう。

それから、チェーン・ストア理論で、多店化されたお店も、もう、完全に、ダメである、と いう結論は、でているわけですから、自己弁護のいいわけは、やめ、できるだけ、はやく、 1日も1コクも、はやく、テッタイすべきでしょう。

いまなら、まだ、保証金などは全額をかえしてもらえるようですから、あのモノスゴク割高 な保証金を、かえしてもらえたら、新しい、優良な立地で、開店できるでしょう。

もちろん、開店する前に、商品です。なにか、どうしても、売りたいモノやサービスがある のでしたら、それを売る目的で、開店するのは、あたりまえです。

国際競争力が「じゅうぶんに」高くて、長期的に、安定的に、おおいに、売れて、もうかる 商品を開発できたからこそ、出店が必要なのでしょう。

どうしても、売りたい商品があることが、出店の前提条件です。アチコチから、さまざまな 商品をかりてきて、開店したら、現金収入があるから、開店するなんて、それでは、市場が 迷惑です。それは、絵にかいたような、倒産コースです。

おなじ古き悪しき行政の国の日本の国内ですから、あたりまえですけど、最近では、他業種 のお店のなかに、新たにジュエリーを取り扱いたいお店がふえてきました。いまでは、ほか の商品のお店のなかにも、商品や立地が老衰しているお店がおおいのです。

いっぱんに、伝統的な商品の日本の業界では、「ほとんど大部分」の販売会社が倒産コース に入ってしまっていて、そこからの出口を求めて、苦しんでおられるのでしょう。

きわめて大きな責任が行政と政治の側にありますので、行政と政治の法律や組織やシステム を破壊するような大改革が必要なのですが、そんなことをいっているウチに、時間がすぎて いきますから、コッチはコッチで、先へ走りましょう。

まあ、立地の選択のなかには、海外もありますから、いっそ、日本の行政や政治とサヨナラ してしまう選択もあるでしょう。

日本国籍をすてないで、日本文化を愛したままで、海外で、効率よく生きる方法は、いくら でもあります。すでに、日本の「ひじょうに」多数の生産会社が実行している生き方です。

国際競争力の強い会社は、年々、どんどん、日本以外の海外の市場での売上高の構成比率が ふえて、ベストをつくして仕事をしているウチに、自然に、そうなってしまうのです。

日本の市場や日本国への依存度を低くして、広い世界の中で、地球人として生きることも、 いまとなっては、人生の生き方の自然な選択肢の1つです。

特に、若い方々の場合には、いまとなっては、日本に、こだわっているほうが、心や頭脳や 肉体に障害があるのかもしれない=あまりにも、受身で、積極性にかけていて=弱者的で、 不自然で、不健康な、生き方ではありませんか?

青森県で生まれて育ったから、青森県内だけで、全人生を生きる選択をするのは不自然で、 不健全ですよね。それと同じことです。

日本はスバラシイ国ですけど、日本の行政や政治や教育や流通業や銀行や保険会社などなど などなどは、完全に国際競争力を失ったままです。その状態がながくつづいています。

それら日本の古き悪しきぶぶんでは、自分たちが倒産コースへ、はいっている事実に、きが ついていないのかもしれません。ですから、いまになっても、まだ、再生への情熱も戦略も 技術も具体的な設計図もみえません。

地球全体への、国際社会への依存度をたかめて、日本国への、とくに、日本国の古き悪しき ぶぶんへの依存度を、戦略的に、ひくめるべき時がきているのではないでしょうか?

私なんか、生まれてはじめて、日本の国外へでたのは、30才をすぎてからでした。観光で でたこともないまま、いきなり、仕事ででたのです。

はじめのウチは相手は旧ソ連の宝石公団でした。私が私には英会話の経験がゼロである、と 強調しましたので、私のコンサルタント先の会社の総合商社のモスクワ駐在員がロシア語と 英語の通訳として、つきそってくれました。

私は、中部日本の海に近い山村で育ちまして、学校をでて、社会人になってからも、東京の 丸の内の生産会社の本社に、ごく、ごく、平凡なサラリーマンとして、7年間も、平凡に、 勤めていましたから、英会話の経験はありませんでした。

幸いに、サラリーマン時代に、国内の仕事しか担当していなかったのに、たぶん、知恵者の 先輩たちの配慮からなのでしょうね?ローマ字日本語テンカンの英文タイプを打つことと、 所属部を代表して、コンピューター室と「つきあう」ことを覚えました。

コンピューター室長いわく「オマエの部にはなあ、コンピューターなんか分かるヤツは一人 もいないんだからな!イチバン若いオマエがヤレ!」でした。

いまから思いだすと、たぶん、あの時代の日本では、最もITが進化していた会社の1つで したけども、1960年代の日本の実話です。

そんな日本があったのです。けどミンナが考えていたことは、タダ1つ、なにがなんでも、 どんなことをしてでも、世界一になること、ただ、それだけ、でした。そして、いまでは、 その会社は、その会社の製品の市場では、ダントツに、世界一です。

たまたま、偶然だったのですが、いまから思うと、アノ時代の日本には、先輩たちが、会社 の将来のために、若者を、手取り足取り、徹底的に、「毎日の仕事を通じて、鍛えあげる、 慣習がありましたから」、あれも、教育訓練だったのでしょうね。おかげで、私は、救われ ました。

旧ソ連宝石公団では、2回目に会ったときには、ロシア語の通訳をやめさせました。ロシア 語は私には分からないから、英語だけの会話にしたかったのか?日本人の通訳のロシア語が 不完全だったのか?英語の達者な彼らも英語を話す機会を増やしたかったのか?ロシア人の 若い職員たちの英語を訓練したかったのか?真相は分かりません。

そして、3回目か4回目には、通訳そのものを拒否してきました。私と直接に会話したほう がコミュニケーションがスムーズに進むから、通訳は邪魔である、と言いだしたのです。

しかたがないですから、私は、交渉の結果、話がまとまり、結論がでそうになって、確認が 必要だと感じたときには、下手な英文を書いて、いちいち、確認しながら、会話をつづけて いました。

ムカシの日本の英語教育は、先生も英会話が下手でしたから、読み書きに偏重した、奇妙な 教育でした。ですから、私にも、イギリス人の中学生ぐらいの英文なら、かけました。

とにかく、そのとき以降は、私が、私は英会話は下手である、と言っても、世界でも、日本 でも、誰も信用してくれなくなりました。

7年間、そんな仕事をつづけたあと、私は、バブル時代の日本に絶望して、海外の各地から の招請も受けて、アントワープヘ移住しました。

アントワープヘ移住した私が、最初に起こした事件は、ファックスの導入でした。いまでも アントワープ業界内の笑い話に残っていて、ときどき、笑われています。

アントワープの仕事場へファックスを日本から持っていったのです。その時代の通信連絡の 主流は、英文のテレックスでしたが、東京住人だった私は、ファックスを使いなれていて、 日本国内の方々とは、日本語で、ファックス通信をやりたかったのです。

私が、居候をしていて、専用に使わせてもらっていた、ダイアモンドの取引所ビルのなかの 大きな個室には、そのファックスを見物したいために、アントワープのダイアモンド関係者 の行列ができました。

せっかく、持ってきたのに、使えなくなりましたので、しかたなく、私は、新しく2台目の ファックスを持ってきました。そうしたら、アントワープ業界内にファックスがイッペンに 普及することになりました。

私は、若かったですけど、経営コンサルタントでしたから、「日本の流通業の日本的な経営 には未来がない」ことは、正確に読みきっていました。

経営戦略が欠落した経営であることが正確に分かっていました。行政にも政治にも日本国の 国家としての基本設計がナイ、この国の流通業は行きづまる、と確信していました。

百貨店も量販店も専門店チェーン・ストアも街の商店街も街そのものも、やがて、すべて、 ゼンメツする、その具体的なプロセスは見たくない、そう思いました。

申しわけない話ですけど、日本の流通業のコンサルタントたちも、ヒドかったですよ。大学 の先生もふくめて、誰にも、社長レベルの経営が分からなくて、現場の課長か係長のレベル の仕事の改善しかできませんでしたから、経営コンサルタントとは名ばかりで、販売促進の コンサルタントばっかりでした。

店舗設計なんか、まるで、犯罪に近いような、低いレベルの仕事しか、実行されていません でした。あれでは、商店街診断なんか、やったら、やっただけ、日本は、どんどん、ダメに されていったことでしょう。

まさに、「人材砂漠」の日本の流通業界でした。あのころの私の目には、夜の東京の街が、 「荒野」に見えて、困りました。とこどき、死にたくなりました。

だから、日本をでたのですが、でて、生きていけるのか?どうか?には、なんの確信も保証 もありませんでした。ただ、ただ、でたかったのです。

じっさいには、うまれて育った街のなかの先祖伝来の店から離れる選択は、モノスゴク実行 しにくいのでしょうが、もう、ほかには選択のヨチのないケースがふえています。

具体的に、私の身辺の日本でも、出現しつつあります。私としましても、お役に立てる部分 がありますので、ベストをつくして、お役に立ちたいと、かんがえています。

けど、構造転換は、小さな売上高や組織のお店や会社のほうがラクで安全です。ある一定の キボをこえたケースでは、シナンですし、誰の手にもおえないケースがあります。たとえ、 神さまでも、ふかのうなケースもあります。

その場合には、構造転換が実行可能なキボにまで、リストラして、適正に、縮小してから、 テンカンを実行する必要があるでしょう。

私個人的には21世紀に繁盛する究極の業態は「家族経営の小さな専門店」であると考えて いまして、これまでにも、たびたび、発表してきました。

商品開発に強い家族経営の製造直販店です。これだけITがハッタツした社会では、ソシキ のキボは、小さければ小さいほど、国際競争力はつよいです。

最小のソシキが最強です。それで、地球上の最小のソシキとして、「家族」と表現している わけです。ですから、かならずしも、カゾクである必要はありません。ながい目で見たら、 カゾクの単位がベターであり、ベストかな?と、かんがえているしだいです。

いまでは強いというイミは、国際競争力が強いというイミです。ですから、絶対にホントウ にホンカク的に強くなければ、ダメです。

けど、強ければ、そして、強くありつづけることに、世界一の努力をしつづけることができ さえすれば、世界にコワイものなしです。

いまでは、店が邪魔になっています。やがて、店が負担になって、店がゴミになってしまう 新しい時代がくるでしょう。店の数は少なければ少ないほうがベターです。日本の流通業の 場合には、ソシキもおなじです。小さければ、小さいほうがベターです。

日本の店は、大キボ店でも、中キボ店でも、小キボ店でも、ミンナおなじように、国際競争 には弱いです。製造直販比率が、かなしいほどに、あまりにも、ひくいからです。

「立地と店の見かけだけ」の「国内の会社間」の競争ばかりに、こだわって、商店なのに、 商品がナイです。どうしても、その店へ、いって、買いたくなるような商品がナイのです。 その店へ、いかなければ、買えない商品がナイのです。

もう、いまみたいに、国際化した社会のなかで、地域イチバン店や、全国イチバン店である ことには、イミもカチもないでしょう。

県大会や国体で優勝することにイミはないでしょう。それは予選にすぎません。世界で通用 する実力をイミしていません。国体優勝でも、世界ランキングが300位なら、国際化した 経済社会ではイミがありません。

めざすべきは、世界一、または、世界の上位でしょう。オリンピックや世界大会のメダルで しょう。世界でトップクラスの国際競争力でしょう。

ところが、日本の流通業は、日本の行政の大失政のせいで、取扱商品の国際競争力を完全に かいたままで、売上とソシキのキボだけを拡大してきたのです。

ですから、収益性がひくく、国際競争力がよわいですので、大キボだから、キボが原因で、 コストの高い、店やソシキから、順番に、衰退していくことになります。

コンビニでも、何でも、日本には古い店がイッパイあって、それらの店の市場を奪っていた 時代には、生きていけましたが、もう、奪える市場が消えつつありますので、これからは、 略奪者のあいだで、市場の奪いあいが激化しますから、「おそかれ早かれ」の運命です。

広大な草原があって、そのなかには、鹿やシマウマがイッパイすんでいた時代ならよかった のですけど、草原の面積がへりつつあり、そして、やがて、それらの草食獣をくいつくした 後の時代には、ライオンやトラには、どういう生き方が、のこされているのでしょう。

商店なのに、商品がナイですから、生きのこれる基盤がありません。おおきな組織なのに、 生きのこれるだけの基盤がなければ、その末路は、かなしいです。

その原点には、日本の行政の大失政があるのですが、いまから、いくら批判しても、完全に ておくれです。「こんなに国際化が進む{まえの時代}だったら」、まだ、努力のしようが あったのですけど、もう、ムリです。もう、まにあいません。

それでも、いま、ただちに、輸入関税を、はいしするとか、日本の流通業界のすくなくない 1ぶぶんを「おおいに」勇気づけて、活性化できる方法は、まだ、あります。

けど、日本の行政は、なまけて、寝ているどころか、国際オンチで、しかも、高い視点から かんがえる戦略性には欠けていますから、日本の進化を、ホンネで、ホンキで、それこそ、 いっしょうけんめいに、はたらき、ベストをつくして、ボウガイしていますからね、ムリ、 ムリ、ムリです。

ムカシ、アントワープで、チョコレートの製造直販店のデルレーと、メガネの製造直販店の THEO(テオはブランド名で、じっさいの店名は、オーナーの家族名です)に初めて出会った ときには、アントワープのような地方都市にも、こんなにスゴイ経営をしている「家族経営 の小さな専門店」があるのか!とビックリしました。

やがて、自分で運転して、ヨーロッパのクルマの旅をするようになりまして、ヨーロッパに は地方の中核都市や田舎の村里の中核の村や街に、スバラシイ経営の製造直販店がイッパイ ある事実にきがつきました。

それほど、世界でイチバンの製造直販店のレベルにまでは、たっしていなくても、そうなる {まえのダンカイの}店なら、そのスバラシイ店の周辺に、もっと多数あります。

それらのいくつかの店が中心になっているからこそ、どんな田舎の地方都市でも、いまも、 みらいも、多くの商店街が繁盛して成立できるのである、という事実をしりました。

ヨーロッパは情報の品質レベルの高いガイドブックの発達した社会です。世界でイチバンの 製造直販店なら、それが家族経営の小さな専門店であっても、世界中からヨーロッパ中から 国中から近くの多くの街や村から、自店の生産能力を「おおはばに」越えた多数の買い手を 集められるのです。

アントワープの家族経営の専門店であった「デルレイ」は、いまでは、日本にも店ができて いるそうです。初めは、銀座店でしたが、いまでは、ほかにも、あるそうです。

けど、その経営は、直営なのか?他社の経営か?私は知りません。デルレイは、私が知って 憧れた初めてのスバラシイ家族経営の専門店のモデルですから、たぶん、いまでも家族経営 の小さな専門店にてっしていて、日本の店は、他社の経営でしょう。

メガネのテオは日本に販売代理店があって、日本むけの輸出が、年間に、数億円以上とか? 大きく、ふえつつあるそうです。アメリカむけの輸出ものばしていますし、ヨーロッパむけ の卸売ものばしています。

けど、家族がやっているのは、アントワープの本店1店の経営と、商品開発のイチバン重要 なぶぶんと、全世界的な経営の基本戦略、だけでしょう。

メガネは、低品質製品のケースでは、量産によるコスト・ダウンのメリットが、特別に高い 製品です。ひじょうに、モノスゴク量産したら、1個あたりのコストが、タダみたいになり かねない製品です。ディスカウント販売には「モノスゴク」てきした製品です。

そんな市場のなかで、高品質な製品の「オリジナル・デザイン」で国際競争力に優れている テオが、アメリカでもヨーロッパでも日本でも、販売代理店の卸売で、売上をのばしている のでしょう。

今回は話が暗くなりましたので、写真は明るい春の妖精たちである蝶々の写真です。今回の トップの写真は蝶々です。

今年は、ルクセンブルグ市と、その周辺の広い地域が、ヨーロッパ連合を代表する「特別な 地域」に選ばれていますので、そのルクセンブルグ国内を重点的に、ご案内します。

ルクセンブルグ国の東端はモーゼル川です。川の東岸はドイツ国内です。ルクセンブルグの 国内の河岸の南端はレミッシュ(Remich)です。前々回のサイトでも、ご案内しました。

国内の河岸の北端に近い街にGrevenmacherという街があります。イーダルからは、イチバン 近いルクセンブルグ国内の街ですし、食料品の買物やガソリンの補給(節税天国ですので、 ほかのヨーロッパくらべたら、税率がひくいですから、ガソリンは3割ぐらいもやすい)に べんりですから、私も、ひんぱんに、たちよります。

その街の北端のモーゼル川の河岸に、蝶々の庭という蝶々の観察館が誕生しました。蝶々と いえば、アルザスが有名で、まだまだ、アルザスには、およびまえんけど、やはり「ところ 変ればで」なかなか、おもしろい、ちがいがあります。

蝶々は花を求めますので、同時に、花の写真を撮ることになって、好都合です。蝶々館では 高温を維持する必要がありますので、室内は、つねに、高温です。

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蝶々館の入口の看板です。上がフランス語、下がドイツ語です。モーゼルの河岸には大きな 柳の木がおおいです。

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さまざまな蝶々がいます。まだ、私のターゲットになる特別な蝶々はいませんが、かりに、 それが、いても、その蝶が、はたして、私が別にターゲットにしている特定の花を、好いて くれるのか?それが分かりませんので、まだまだ、基礎的な勉強が必要です。

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館内には、このように、写真写りの良い花もイッパイあるのですが、イチバン好きになった 蝶が、イチバン好きになった花へ、とまってくれるのは、マレです。

どうやら、勉強が必要なのは、私だけでなく、蝶々館も勉強中のようです。それで、職員が 私の動きを観察して、特別なサービスを、こっそりと、してくれるのですが、職員のほうが 昆虫学の基礎のレベルは「はるかに」高いですから、そのサービスの意味が、私には、理解 できないケースがあります。

私とは親しいけれども、繁盛しているアルザスとはちがって、まだ、開店早々で、懸命に、 勉強中の職員たちの純粋な好意から受けられる知的な刺激は、私には、楽しいです。

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この蝶は羽の下側のカラーや模様がハデで、ねらっていたのですけど、せっかく、とまって くれたら、上から見たら、この姿で、ビックリしました。

濃紺のスーツをビシット着こんで、これは、これで、気品がありますけども、いっぱんに、 大型の蝶々のほうが、飛ぶ能力が高くて、飛ぶスピードが速くて、めったに、とまってくれ ませんから、タイヘンです。追いかけたら逃げますので、コッチは立ったままで、じーっと 待つしかないです。

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蝶々館内には熱帯の野鳥もいました。蝶々に無害の草食の野鳥で、美しい鳥たちでしたが、 その野鳥たちの熱帯の故郷では、天敵のおおい、コガラな野鳥たちですから、モノスゴク、 モノスゴク、動きが俊敏でして、写真に撮るのはタイヘンです。あらためて、野生の小鳥と 蝶々の動きの速度の差を思い知りました。

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